『 残照 』
  − interval 2 ( nowadays : a secret ) −




尸魂界を震撼させた隊長三名の造反・出奔の後。
ルキアは自分に懸けられた一連の罪状を一時不問とされ、朽木邸へと戻ってきた。

一護らが現世へと帰還して数日が経過していた。救護所にて静養していた白哉もようやく退院し、ふたたび、この家に義兄妹が揃った。
挨拶にと白哉の私室を訪れたルキアは、そこで一本の鍵を渡された。

「屋敷の裏手、最も小さな土蔵に緋真の・・・お前の姉の遺品がある。・・・見てくるといい」

真実を教えられてから、白哉が緋真の事について語ったのはそれだけだった。
ルキアにしてみれば、緋真について訊きたいことは山ほどあった。どのような女性だったのか、そして貴方と共にどんな日々を過ごしたのか。

しかし白哉に直接訊くのも憚られ――なにせ、数十年もの間、距離をおいて接していた兄妹だ――また、正直、自分を捨てたという女性の負ってしまった業を知るのが怖くもあった。
流魂街で乳飲子を抱えて生き延びねばならなかった苦労をルキアは十全に察する。そしてあのような人畜非道の地にあっては生きるために自分を捨てても仕方なかったことも。

故に、ルキアには緋真を怨む気持ちは微塵もない。

ただ、悔恨で心身を削るように十字架を背負い続け、ついには夭折してしまった姉の苦悩を。そして彼女の業を知った上で共に生きた白哉の決意や喪失を想うと何も云えず、ただ黙って渡された鍵を受け取るしか出来なかったのである。



  ●



広い庭の奥まった竹藪に、その土蔵はあった。まわりの雑草は丁寧に刈り取られている。海鼠壁のひびも漆喰で丁寧に埋められ、他の蔵よりも丹念に手入れがしてある印象をルキアは受けた。
ルキアの手の中には、渡された鍵がある。古びた鍵だが、扉に差し込む部分だけが錆びずにいるのは、これを守ってきた主が時折使ってきたせいだろうか。きっと、思い出の品々を見ては亡き妻を偲んできたために。

ゆっくりと鍵穴に挿して回すと、すぐにカチリと音がした。扉に手をかけるとそれ程力を入れなくても開く。鍵にも扉にも、定期的に油が注されているのだろう。
足を踏み入れると、倉の中は薄暗い。上部にある明かり取りの窓から細い光が入り込み、舞う埃が見えた。外気よりもひんやりとした空気に自然、緊張を感じながら、ルキアは奥に積まれた葛篭(つづら)の類へと歩み寄った。

葛篭の蓋を開けると、そこには古びた書物や化粧用具やらの小物類が収められていた。持ち主と、贈り主の趣味を反映してか、みため質素ながら細工は上品なものだ。丁寧に使い込んだ跡がそこかしこに見られる。

続いて桐の衣装箱を開けていくと、上等な小袖や帯の類のなかに、一枚の粗末な着物が仕舞われていた。
流魂街時代に来ていたものだろう。綿の布地はほころび、そこかしこにツギがしてある。とても丁寧な縫い目だ。

ルキアは脇に置いてあった古い鏡台の覆いを外した。そして一歩下がって自分の体に着物をあてると、おそらく生前の彼女に近い姿の少女が、すこし曇った鏡に映る。

背格好はこの鏡に映っているように、自分と同じぐらいだったのだろう。きっと痩せていた。遺影の微笑みに見られたどこか蔭のある眼差しをして、この着物を着て自分を探した日々があったのだろう。
既に鬼籍の姉が生きていた息吹をありありと感じて、ルキアの胸は熱くなった。天蓋孤独と思っていた自分には、確かに地の繋がった姉がいたのだ。・・・罪の意識に心を刻み、それでも自分のことを想い続けながら・・・。

「・・・ねえさま・・・」

ぎゅっと手にした着物を抱きしめ、ルキアは呟いた。
立ち昇る虫除けの香りの向こうに、赤ん坊の頃に自分が感じていた筈の、緋真の背の温もりが感じられたように思えた。頬をとめどなく涙が流れ、布地に染みを広げていく。きっと数十年前、彼女の背でそうしていたように、ルキアは彼女の存在に甘えて泣いた。

そしてそのまま、薄暗い蔵の中で時を忘れて立ち尽くしていた。



やや暫くの後、ルキアはようやく顔を上げて着物をしまい始めた。と、袂の奥から一枚の紙片がするりと滑り落ちた。なにごとかと床に落ちた紙を拾い上げてると、懐紙であるらしい。
そっと開くと、中から出てきたのは古い古いざら紙だった。ルキアも統学院に入学する以前、読み書きに使ったような庶民で広く流通している安価な種類のもの。それが、丁寧に畳まれてまるでお守りのように懐紙の中に収められていた。

持ち主が丁寧に樟脳を仕込んでいたのか虫に食われてはいないが、黄黒く変色してしまっている。どうやら何かが書き連ねてあるらしいが。
明かり取りの光が差す場所まで持っていって、ルキアはようやく判読ができた。


墨で、二文字だけ。
『白哉』、と。彼女の夫の名が。


字の癖をみるかぎり、ルキアには白哉自身の書のように見えた。本当のところどうかは判らない。また、何故、緋真が大事にこの書を保管していたのかも判らない。
ただ、姉のこの密やかなお守りがなにか微笑ましく、ルキアはそっと、破ってしまわぬようにそっと、紙片や思い出の品々をもとの場所へと戻した。

ルキアは膝についた埃をぱんぱんと払い、最早もはや見知らぬ他人の遺物ではなく、実姉が確かに生きた証である品々を見やると
「・・・また、私、ここに来ますね」
緋真本人に語りかけるように、そう呟いた。

戻ったら義兄に頼んで、この鍵の複製を作ってもらおうか。
いや、それよりも。
兄様がここに来る時には私もご一緒させて欲しいと頼んだら、彼は拒否するだろうか。それとも、いつもの無表情でひとしきり考えてから、「構わん」と静かに言ってくれるだろうか。

もしも共に姉の思い出を偲ぶことができたなら、あの紙片のこともご存知かどうか訊いてみよう。そしていかなる事情で姉が貴方の字による書を宝物にするに至ったかも、すこし勇気を出して、訊いてみようか。
彼女は、姉はもう居ないけれど、彼女が愛した男性はまだ、ここで生きてくれている。これから徐々に姉のあたたかな思い出を分かち合っていけたなら、どんなに素敵なことだろう・・・。

まだ完全には打ち解けられず、しかし互いを理解する端緒を得られたことに喜びを感じながら、ルキアは静かに倉の鍵をかけた。
そして蔵の内部は再び、ひとときの静寂に包まれる。彼らがまた緋真との記憶に逢いに来る、その僅かな間だけ。



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