『 月、走る夜 』
  − Mr. Moonlight & Miss. Daisy −



時ならぬ春の嵐が去り、
おぼろげな雲をなお強い風が吹き流してゆく。
けれどその風は冷たくはなく、
遠くから花の匂いすら運んで温かい。


月は満月。 黄色が目に痛いほどの光を帯びて。

「いい月だね」
「そうですね」
分かり切った言葉をあえて口にしたのは、感じたことは共に同じだと、きっと確認したかった所為。
そしてそのまま沈黙を共有し、しばし月光に目を細めて天空に見入る。
日々の雑務から開放され、ふと見上げたこの時に見えたのが、こんな良い具合の月で良かったと、藍染も桃も思う。
そして自分の傍らに居る者も、沈黙の中にも同じ様に感じていると、不確かながらに、思う。

「膝、」
「え?」
ふと藍染が、縁側に座った桃の足を指して言った。
「借りても、いいかな」
それが、男が所謂ひざまくらを所望したのだと知って、
「いいですよ・・・はい、どうぞ」
桃はつい、と、きちんと揃えられた膝を差し出した。

ごろりと床に身を横たえ、藍染は桃の太股を枕に月を見る。
柔らかな女の感触と、慣れぬ男の頭の重みに戸惑いながら、それでも二人、意識ははるか空へと魅せられる。

風はなお強く、高い雲が薄く月を朧に見せ、それが風にとめどなく何処か彼方へと押し遣られてゆく。
「月が走っているみたいですね」
「うん」
確かに月は変わらずほぼ同じ位置にある筈なのに、流れ往く雲は肥えた月がそれ自体、天空を駆けているように見せている。

ひとときの、愛すべき、錯覚。

ねえ、と、沈黙に耐えきれなかったかのように、藍染が漏らす。
「もし、僕が―――・・・・・・・・・」

そして、それきり。
途切られた言葉に小さく、「いや、何でもない」と、男はありきたりの終わりを与えた。
どこかあの月のようにおぼろげな藍染に、ふ、と女は小さく微笑んだ。
「へんな、隊長」
「きっとね、」自分にか、彼女にか、それとも他の何かにか。言い訳がましく言葉を紡ぐ。

「きっと、月のせいだ」

そう言って、全てを美しい月の所為にして、目を閉じた藍染の額に桃のしなやかな手のひらがあてられる。
泣く子をあやすように。悲しむ者を慈しむように。
さらさらと、赤子の毛のように柔らかな髪を梳く彼女の指が、藍染にはひどく心地よく感じられた。

風はなおも吹き続け、雲は流れ、月疾く走る。


  “春宵一刻直千金、花有清香月有影”
       ―――― 蘇軾 『 春夜詩 』



  Fin.


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