弾け、散る、
  空を彩る大輪の華は 瞼を閉じても残像鮮やかに。

  弾け、散り、
  爆ぜた後にも熱を残して 焦熱の残滓は消えようもない。



  願わくは

  永劫、冷めないままに。



『 清夏 情火 』
  − fireworks made us ... −



夕餉の後。
散歩に出るという夫の言葉に、緋真は見送るつもりで玄関まで付き従った。
だから、いつもと同じに「行ってらっしゃいませ」と送り出そうとした途端、自分も同行するよう求められて狼狽を覚えた。
「わたくしも、ご一緒するのですか」
「ああ」
「ですが白哉さま、いつもはお一人で夜のお散歩に行かれるでしょう?」
「今夜は、緋真も来るのだ」
そう白哉は言い張り、手早く草履を履いて歩き出してしまった。なぜこんなに急に、しかも説明も無く、と疑問に思いながらも緋真は手早く履物を用意し、夫の後を追う。

屋敷の門前、竹林へと分け入る細い道の入り口に着流しの背が見える。時間の割に、距離はそんなに離れてはいなかった。緋真が直ぐに追いつけるよう、早足の癖を抑えていたのだろう。

それを知っている緋真は夫の大きな背に近づくと、思わずふふ、と笑った。
白哉はすぐにそれに気づくが、なぜ妻が訳も無く微笑んでいるのか、この鈍感な男には理解できない。
「何を笑う」
「だって・・・嬉しいんですもの」
「何がだ」
「白哉さまのお散歩に、ご一緒できるのが」
にこにこと、童女のように素直に言い放たれた妻の言葉に、白夜は答えに窮したのか、そのまま歩き続けた。


屋敷を取り囲む竹林は広く、月明かりにうっすら踏み分け道が見えるだけ。
先を行く白哉は夜目が利くのか、迷わず歩を進める。緋真は確かな歩みの背に付いて行く。心配は、何もない。


昼間のうだるような暑さが嘘のように、冷涼な風が竹の葉を揺らす。乾いた音はなおのこと耳に涼しい。
その中、確かな人の気配は互いの歩みの音二つだけ。
心地よい、と緋真は思う。
もともと口数の多くない夫だが、その寡黙さをこうして愛せるようになったのはいつからだろう。
出会ったばかりの時分は、その沈黙が威圧に感じられ畏れてすらいた。
しかし段々と白哉の言外の意を汲めるようになり、彼の元に嫁した今となっては夫と沈黙の時を過ごすのに何の苦もない。むしろ、愛おしい。
無論、緋真にだけ時折紡がれる、甘やかな言の葉も・・・。

「着いたぞ」
白哉の声にはっと緋真が顔を上げると、そこは竹林の果て。流魄街をも広く見下ろす崖の上だった。
「あ・・・」
眼下には光の粉を撒いたように家々の灯火が数多く広がる。緋真がかつて暮らし・・・辛苦を舐めて生活した流魄街の明かりは、視点を変えるだけでこんなにも美しく見えるものなのか。
ほう・・・と感嘆と追想をない交ぜにした吐息が緋真から漏れたとき、白哉はだしぬけに「時間だ」と呟いた。
「え?」
時間とは何の? と夫に聞こうとその顔を見上げると、視界の端に天へと上る光がひとすじ。

天へと昇り、鮮やかに光が爆ぜた。ついで、轟音。
花火だ。

最初はひとつ。次にみっつ。そしてしばしの間をおきながら、幾つも幾つも色とりどりの光の花が空に咲く。
予期せず始まった花火の宴に緋真はしばし我を忘れた。思い返せば今日は年に一度の花火大会であった。
「これを見せてくださるために、わたくしを?」
「・・・」
答えはない。でも緋真にとってはそれでもいい。
感謝の気持ちの代わりに緋真は白哉に寄り添い、軽く頭を肩にもたせ掛けた。
とうに二人は夫婦であるのに、ぴくり、といちいち体を震わせたのがいかにも白哉らしい。

当代一流の花火師がその技巧を凝らしたという花火は、惜しげもなく次々と打ち上げられ続ける。
光の色にこんなにも種類があるのかという程多彩な色が、静かに佇む二人を照らす。朱、黄、白、青・・・そして紅。
一閃ひらめく火の玉の後、一寸後れて轟く身体を震わせる程の破裂音。
不定期なようで・・・定期的で心地よい調和に、思考の綾が絡めとられる。
そうして徐々に。包む光と爆音の焦熱が伝染して、ふたり、酔い始める。

甘過ぎるあの酩酊に似ていた。

ふいに、白哉が寄り添っていた妻の肩に手を置いた。
そっと、ではない。ぎこちなげな、しかし強めの力で緋真の細い肩を掴んでいる。
驚いた緋真が夫の顔を見ると、その眼はもう既に花火を見てはいない。交わる視線に心が爆ぜる。
「帰るぞ」
「でも、まだ花火が・・・」
光の宴は続いている。それが終わるにはまだ間があるはずだ。
しかし抗議を遮るように、白哉は自分よりひとまわりもふたまわりも小さな妻の体を引き寄せ、耳元でさらに囁いた。

「抱きたい。・・・直ぐに」

聞き慣れていた筈の低い声はいささかの湿り気を帯びていて、
「・・・っ・・・」
不埒なくせに甘い予感が、身体の芯をゆるりと融かす。
ずるい、と、つい緋真は思った。
そんな声に、自分が抗える筈が無いのだ。

堪らずきゅ、と白哉の袖口を掴んだ白魚の手を、確かな是の合図と、男のやや無骨な手が捉えなおす。
そして、まだ盛りの花火に背を向けて夫婦は来た道をまた戻り始めた。
ふたたび沈黙のうちに。しかし今度は手を繋ぎ合って。


ゆっくりと、しかし何処かもどかしげに歩む二人の背後で、またひとつ大輪の華が空にて爆ぜた。




  “ 窈窕淑女、君子好逑 ”
      ――――――『 詩経 』



   Fin.


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