『 逸れゆく星々に捧ぐ変奏曲 op.1 : The Hanged Dog 』 − R.Abarai
 


  よお、元気か?

  死んだお前らに元気か、なんておかしいかも知れないけど、訊かずにはいられねえんだ。

  どっか死神の俺らも知らない場所で、生きてるかもしれないだろ?(そうあって欲しいんだけどよ)

  俺は元気だぜ。こないだ、五番隊ってとこから、十一番隊ってとこに移った。

  十一番隊は『戦闘部隊』って言ってな、まあアレだ、自分で言うのもなんだが俺向きのとこだ。

  だから異動もそんなに悪くはないぜ。同期のヤツらとは離れちまったけどな。

  給料も上がったぜ。旨い物も食える。タイヤキだって好きなだけ。

  昔お前らと戌吊にいた頃はタイヤキなんて夢のような食い物で、いつも腹を空かせてた。

  霊力があるせいで腹が減る俺とルキアに、お前らは手分けして食えそうなものを探してきてくれたっけな。

  自分らは腹が減るなんてことも、満腹で幸せな気分になるなんてこともなかっただろうに。

  俺たち二人の為に、真剣に。


  ・・・ありがとな。あの時は照れくさくて、そんなに礼なんて言わなかったけど。

  感謝してる。ホントに。

  食ってる俺とルキアの姿を、『おれらの代わりに味わってくれよ』、と。

  笑ってたお前らに、本当に・・・今でも俺は、救われてるんだ。


  そうそう、今日は花を買ってきたぜ。今までみたいに、そこらへんで摘んできた花じゃねえよ。

  同期におせっかいな女が一人いてな、『お墓参り行くなら、ちゃんと仏花用意した方がいいよ!』だとよ。

  そいつが選んだのを買ってきたんだ。花の名前なんて知らねえけど、きれいだろ?

  その女と、もう一人、ひょろっとして堅物だけど、からかいがいのある男が、今俺がつるんでる奴らだ。

  楽しいよ。悪かねぇ。・・・ルキアがいれば、もっと楽しかっただろうけどな。


  ・・・ああ、今年も俺一人だよ。あいつは来ねぇ。

  でもお前らなら分かってくれるよな? あいつは・・・もう俺らの手の届かないところにいるんだ。

  そこで幸せなんだ。

  なんてったって貴族だぜ? タイヤキなんて目じゃないぐらい、いいもん食って。

  ボロ切れじゃなくて、キレイな着物着て。まだアイツはチビだけどな、きっとそのうち、上等な女になるぜ。


  お前らのことも、俺のことも忘れて。


  だからアイツは、ここには来ない。けど・・・それで、いいんだ。

  ルキアが・・・貴族として幸せになるには、ここでのことは、忘れていた方がいいんだ。


  星みたいだったアイツが、本当に星として輝くには。


  『戌吊』の過去は、存在しない方がいい。


  その代わり・・・俺はお前らのこと、絶対忘れたりなんかしねぇから。

  アイツの分まで、お前らが元気であるよう、祈っていてやるから。

  だから・・・分かってくれ。



  来年も来るぜ。お前らがイヤだっつっても、絶対に来る。

  じゃあな。

  また。



  ●



稽古前の精神集中でも、こんなに永くは捧げないという位の、深い黙祷を終え。
改めて、もう記憶の中にしかいない幼馴染たちの墓を見る。

「お前らの墓、こんなにちいさかったっけな・・・」
ふと口に出して呟く。連れのいない墓参りは、静寂が孤独を広げて痛くて。
土饅頭に木の柱を立てただけの簡素なそれは、いたく小さく感じられた。
心の中でここに参じた回数を数えれば、自分の背丈が大きくなっただけなのだと納得する。
それでもこの下に眠る彼らを偲ぶ気持ちは、年月と共に増すばかりだ。

死者と充分な対話は終わったと、奉じた花束だけをそこに残して、去ろうとしたその時。

「兄ちゃん、その花珍しいね、あたしにちょうだい?」

振り返ると、そこには一人の子供が。ガリガリの手足、ぼろぼろの着物。
みすぼらしいはずなのに、眼だけは妙に強い光が宿っている。
以前の俺たちと同じ・・・紛れもなく、『戌吊』の子供だ。

「・・・ダメだ。これはこいつらにやったもんだ」
「けちー。いいじゃないよ」
駄目と言われても簡単に引き下がらない。これも、この地区で生き残るための大事な素養だ。
勿論俺にも覚えがある。・・・ので、なるべく穏やかな声になるよう努めながら、諭してやる。
「よくねえよ。大体お前、花なんかどうすんだ」
人でなしと野良犬しか棲まないようなこの地区に、花を愛でる習慣がある筈はない。
『戌吊』で花なんてのは、踏みつける対象か、せいぜい俺たち霊力保持者の食料候補でしかない。
「食うのか? お前霊力でもあんのか?」
「違うよ! あたし花なんて食べないよ! 霊力ないし・・・」
「じゃあ何すんだよ」
「見るんだよ。枯れるまで水にさして、飾るんだよ。・・・ねえ、いいでしょ? お姉ちゃんはいつもくれるよ?」

哀願するように見上げるこの子供の、その一言が、心に引っかかった。飾るための花をくれる・・・お姉ちゃん?

「お姉ちゃん? ・・・お前の、ここでの家族か?」
「ううん違う、家族は別にいるもん。お姉ちゃんは毎年ここに来るお姉ちゃん」
「毎年・・・ここに・・・来る・・・?」

俺以外に、この墓に来る『お姉ちゃん』。そんな奴は・・・俺は一人しか・・・。
・・・まさか。か細い可能性に、小さく心が爆ぜた。
「おい、そいつはどんな奴だ!? 教えてくれ!」
思わず声が荒くなる。俺の思い違いでなければ、それは・・・
「えっと・・・小柄でね、眼が紫色したキレイな人。話すとちょっと偉そうでね。でも優しいんだ。汚い着物かぶって顔隠してるけど、実はエライ人なんじゃないかって、あたしは思ってる。雰囲気とか、言葉づかいがね、何ていうか上品なんだよ」
「・・・は・・・はは・・・」
乾いた声が口から漏れた。俺は、笑っていたのか?
「今年も来たよ。ちょうど一週間くらい前かなあ? 毎年この時期に来てる。そして長い間、墓に祈ってる」
・・・何てこった。何てこった。何てこった!
「それで、お墓参りが終わったら、いつもあたしに持ってきてた花をくれるんだ」
・・・アイツは・・・星は、降りてきていたのか。『戌吊』を・・・忘れていなかったのか・・・!

今、俺は笑っているだろうか、それとも泣いているだろうか。
その両方だろうか。

「・・・そうか」
ようやくそれだけ相槌を打つ。こちらの心なんて知らずに、少女は楽しそうに『お姉ちゃん』の話をする。
「・・・でね、『腹が膨れて心を満たされることがないのなら、せめて華を見て心を満たしなさい』って」
「・・・そうか・・・」

  ああ。畜生。馬鹿野郎、ルキア。
  俺はお前に心を満たされるよ。俺の心を損なうのも癒すのも全てすべてお前が。

「兄ちゃん、だからあたしは、その花が欲しいよ。あのお姉ちゃんが言ったように、あたしは心、満たしたいよ」
少女は強い眼の中に、脆さと優しさの揺らぎを見せて。ゴミ溜めみたいなこの場所の中、こんな光は滅多にない。

  ああルキアお前、こんな所にも種を蒔いていったんだな。
  星の、種を。

「・・・わかった、いいぜ。持っていけ」
「ホント!?」
「ホント、だ。その代わり大事にしろよ、なるべく長く保たせてな」
満面の笑顔のそいつに、みっつの花束を渡すと
「ありがと兄ちゃん! あたし、大事にするから!」そう言って丁寧に抱え込んでいた。
「ああ。ちゃんと隠しながら帰れよ。目立つから。・・・さ、もう行きな」

元気よく返事をして、風のように駆けて小さくなる背中を俺は見送った。
取り残されたのは、花を無くした墓が三つと、俺一人。

でも、寂しくはない。決して。



  お前らも、そうだな? 花はやっちまったが、お前らなら赦してくれるよな?



再び墓標に静かに話しかける。静寂はもう痛くはない。
アイツは、俺の隣にはいないけれど。
星は確かに・・・舞い降りていた。その星が残していった光が、俺の牙にも灯る。決意と共に。



  ルキア。

  悪ぃな。

  俺はもう、お前の幸せは祈れない。

  そこに居ればお前は幸せだろうとか、俺は手を出すべきじゃないとか、

  そんなもん、全部捨てる。


  牙を磨き。爪を研ぎ。見上げた先の残酷な太陽にこの両の眼を焼いても。

  いつか必ず取り戻すぜ・・・そこから。

  例えお前がイヤだっつっても、絶対に。




これから身を投じる煉獄の痛苦に、武者震いすら憶えながら。

俺は、『戌吊』を後にした。



  いつか星を再び捕まえる為に。



   Fin.


     HOME
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送