『 逸れゆく星々に捧ぐ変奏曲 op.2 : Fortune Telling 』 − M.Hinamori
 


  あたしは欲張りです。

  以前のあたしが望んだよりも、何倍もいま幸せな筈なのに。
  もっと、もっと、もっと、と。
  さもしい欲は止まるところを知らずに、あなたの背中を追いかけ続けて。

  ・・・・・・欲張り、なんです。


  だから、この甘い胸の痛みだけがその代償だなんて思えない。



  ●


「うーん・・・」

お昼休み。十番隊副隊長の私室で、座卓に突っ伏しながら、あたしは雑誌とにらめっこする。
乱菊さんが取り寄せた、現世の雑誌。色とりどりの綺麗な服やお化粧が目にも鮮やかで、眺めているだけでも楽しい。
でも今日、あたしの心をかき乱すのはそんな写真たちじゃない。

「何よ、桃。眉間にシワよせて。『ダイエットのウソ・ホント特集』?」
「いえ違いますよ乱菊さん。雛森、『もう夏までに痩せるのは諦めるー!』って先週宣言したじゃないですか。あれは多分、新製品の広告『オレンジムースポッキィ』の味を予想してますね」

一緒にお弁当食べてのんびりしていた乱菊さんと七緒さんが茶々を入れてくる。
「違いますよー、これです、これ」
見ていたページを指し示す。ダイエットだとか、お菓子だとか、もう、あたしを何だと思ってるんだろ二人とも。

「・・・ははーん、占いね。桃ってこんなの信じてたの?」
「こんなのって何ですか、こんなのって。そうバカにできたもんじゃないんですよー?」
「あーこの占い、私も聞いたことがあるわ。よく当たるって部下の子が言ってましたよ」
「そうなの? なになに・・・桃は6月の・・・えーっと、コレ?どれどれ・・・



  『★双子座の運勢★

   いつも周囲に気を配って、人当たりのいいあなた。
   でも実は、心の中は誰よりも情熱的☆
   そんな双子座のあなたの今月の運勢は・・・
   ○総合運
    ずっと心の中で温めてきた計画のいとぐちが、ひょんな所から舞い降りそう!
    このチャンスを逃さず、頑張って!
    誠実さを失わないことが成功のカギ! いつもの微笑みを忘れずにね☆
   ○恋愛運
    片思いのあなたは、イメチェンのチャンス!
    小さいところから自分の印象を変えて、彼の心をドキドキさせちゃいましょう☆
    両思いのあなたは停滞期かな? お互い心ゆくまで話し合うのも時には大切ですよ!
   ○ラッキーGoods&Place
    携帯ストラップ、廊下、観覧車 』



・・・・・・・・・・・・って、そんなに悪くないじゃない。天秤座のあたしなんて、『天中殺☆』とまで書いてあるわよ・・・」

「蟹座の私は・・・『ヤなことは忘れるのが一番☆』・・・って・・・ヤなことが起こるのが前提なんじゃない、これ・・・」
食い入るように占いを見つめていた二人は、顔を上げてじっとりとあたしを睨みつけた。

「桃ぉー? いい結果だってのに、何をそんなにアンタはしかめっ面だったのよ?」
「納得のいく説明が欲しいわねぇ、雛森?」
う・・・副隊長『姐さんコンビ』(あたしが命名したわけじゃないけど)はやっぱり迫力があるなあ・・・

「あ・・・だってあの・・・恋愛運が・・・」
仕方なくしどろもどろ説明する。

「「 恋 愛 運 が ?」」
「イ・・・イメチェンていっても、どうしたらいいか分からなくて・・・」
「「は は ー ん・・・」」
二人ともピンときてしまったようで、したり顔でニヤけてる。うう・・・だから言いたくなかったのに。

あたしが上司である藍染惣右介隊長を、・・・心密かに、慕っているのを、この二人は知っている。
(というか、いつの間にかバレていた・・・。どうして分かったのか聞いたら、『そりゃ、アンタの態度見てたらバレバレよ』と言われた・・・。なんでだろ?)

「へえ・・・そういうこと、か。・・・ねえ、七緒?」
「ええ、乱菊さん?」
顔を見合わせてにっこりと魅力的な微笑を見せる二人に・・・あたしは何故かイヤな予感がした。

「「いっちょあたし達が一肌脱いであげましょう」」
「・・・・・・・・・っ!」

イヤな予感が、・・・当たった!

「あ、待ちなさい桃! 逃げようったってそうはいくもんですか! 伊勢副隊長、雛森副隊長の身柄を拘束せよ!」
「了解しました、松本副隊長! せやっ・・・確保完了!」
「や・・・やぁーっ! や、やめて下さい二人とも! 絶対何かたくらんでるでしょ!?」
七緒さんに羽交い絞めにされ、逃げ場を失う。さすが七緒さん、もう寸分たりとも動けない・・・って、冗談じゃない!

このままじゃ完全にこの二人におもちゃにされちゃう!

「そんなに怖がらなくてもいいのよ? 雛森」
「そうよ? 優しいセンパイが貴女の悩みをスッキリ解決してあげる☆」
「そう言いながら手にしてるのは何なんですか乱菊さぁん・・・」
「さて、何でしょう? ヒ・ン・ト。桃の愛しい藍染隊長のハートをドキドキさせるな・に・か・よ」
「ひっ・・・」

「さ・・・観念なさい」
耳元で七緒さんが意味ありげに囁き。
「ちょうど現世から取り寄せた新色の試し塗りをしたかったのよねぇ・・・」
乱菊さんが悪魔の微笑(そうとしか見えない)で近づいてくる。

 「い、い や あ あ あ ぁ ぁ ぁ ・・・ !」

そうして、あたしの声が部屋中に響いた・・・。



  ●


「ううっ・・・コレ、変じゃないかなあ・・・」

お昼休みも間もなく終わりという時間。あたしは五番隊隊舎に帰る途中、窓ガラスを見かけるたびに自分の姿を確認する。懇願して何とかフルメイクだけは勘弁してもらったものの、唇に春の新色だという桃色の口紅を差されてしまった。

『普段化粧してないアンタだからこそ、口紅をちょっと差すだけでイメージが変えられるのよ! よしよし、我ながら良いチョイスね』
と、胸を張った乱菊さんと、
『なかなか似合うんじゃない? 春らしい色だし、黒い死覇装だからこそ、その位の淡い色が雛森によく似合ってるわ』
と、にっこりと笑った七緒さんに送り出されたわけだけど。

『『終業時間までに化粧落としてたら、次の飲み代は全部アンタ持ちだから』』

と、しっかり付け加えられてしまった・・・。あの二人のことだから、あたしがわざと口紅落とさなかったかどうか、仕事終わったらわざわざ確認しに来るんだろうなぁ・・・。

ガラスに映った自分の姿は、慣れないお化粧で唇だけが妙に浮いてるように見えて、ひどくいたたまれない気持ちになる。
・・・藍染隊長を。尊敬する上司を、異性として見ている自分だけでももう穴に入ってしまいたくなるほど図々しく思うのに、こんな・・・。



・・・・・・藍染隊長。
統学院在籍時・初の演習で、先走って危険に身を投じたあたしを助けて下さったあのひと。

『頑張ったね』、と。
大きな掌で頭を撫でてくれた、巨きな存在のひと。

最初は、その強さに憧れて、五番隊に入隊することだけを望んでいた。
藍染隊長の下で命を懸けられるのなら、それに勝る喜びなんてないと。
念願叶って入隊を果たして。
分不相応ながら副隊長を務められることになって。
毎日あのひとの一番近くで仕事を行うようになって。
・・・時にその微笑を独り占めすらして。

出会えたことが奇跡なら、いまは更に大きな奇跡のなかにあたしはいる。

けれど、欲張りなあたしは、それだけでは満足ができなくて。
浮かれた桃色をしたあたしの唇は、傲慢な心を戒めているかのように見える。

『調子に乗りすぎては ダメ』・・・と。


「飲み代、あたし払ってもいいから、洗って落としちゃおうかな・・・」
またガラス窓とにらめっこしていた、その時だった。
「なーにやってんだ? オメー。青ノリでもついたか?」
背後から、いきなり声が。
「ふわぁ!?」
驚いて振り向くと、そこには最近十一番隊に異動した、あたしの同期の阿散井恋次くんが。

「もう! いきなり声かけないでよ! びっくりするじゃないの!」
「いや、悪ぃ悪ぃ。真剣に何やってんのかと思ってよ。どした、たこ焼きでも食ったか?」
「ちーがーいーまーす! ・・・って、あれ、阿散井くん、今日非番じゃなかったっけ? 何で私服じゃなくて死覇装着てるの?」
阿散井くんは、いつも通りの黒い死覇装をきっちりと着ていた。今日は非番で、『戌吊』に墓参りに行って来ると聞いていたのだけれど。
「あぁ・・・あのな」
少し照れくさそうに、頭をかきながら阿散井くんは続けた。
「ちょっと・・・な。午前中で用事は済んだから、鍛錬場で稽古しようと思ったんだよ」
「へえ!」
彼が頑張り屋なのはよく知ってるけど(そしてその事を言うと大抵顔を真っ赤にして否定するのだけれど。その辺、あたしの幼馴染とよく似ていて可愛いところだと思う)、休日までとは、今までにない気迫だ。
「凄いやる気だね、頑張ってね!」
「おうよ。・・・もう、ウダウダと迷ってなんかいられねぇからな・・・」
「え、何?」
何だろう? ウダウダ? 迷ってた?

「・・・なんでもねえよ。あ、そうだ雛森、花、選んでくれてありがとな。助かったぜ」
「どういたしまして。どう、綺麗だったでしょ?」
「おう、役に立った立った。今度タイヤキでも奢るぜ。・・・さて、と、俺、そろそろ行くわ」
「あ、うん。あたしもお昼休み終わっちゃう」
何で花が『役に立つ』のかちょっと疑問に思ったけど、懐中時計を見てそんな疑問は消えた。
「じゃあな、雛森。またな!」
「うん、またね! 怪我しないでね!」

足早に練武場へと去っていく阿散井くんの背中を見送り、さて、あたしも自分の隊舎に帰ろうと思ったその時。
ふと、気がついた。

・・・・・・阿散井くん、あたしの口紅に全っ然気がついてなかった・・・・・・。

・・・まあ、いいんだけど。
気がついて欲しいのは阿散井くんじゃなくて違う人なのだし。でも(友達とはいえ)男性に全く気がついてもらえないっていうのも、うーん・・・ちょっと何か・・・ショックな気が・・・。これじゃ、悩んでたあたしが馬鹿みたいじゃない。
それとも、男のひとってそういうものなのかなぁ・・・・・・?
藍染隊長も、こういうのって全然認識の範疇外だったりするのかなぁ・・・・・・?

「うーん・・・・・・?」
「どうしたんだい? 廊下で唸ったりして」
「ふっわああぁぁ!?」

再びあたしの背後からかけられた声は、今まさに心に描いたあのひとのもので。
思わず素っ頓狂な声をあげて振り返ると、そこには五番隊・藍染惣右介隊長がいくぶん驚いた顔でこちらを見ていた。

「あっあああ藍染隊長!! ご、ごめんなさいすみません!」
いきなりのことで完全に頭が混乱して、意味もなくお詫びの言葉を口にする。
いたたまれなくて、恥ずかしくていられない。
まさかこんなに間抜けな理由で呆けてるところを見られただなんて・・・!

「いや、こちらこそごめんごめん、驚かせちゃったみたいで。・・・あれ、雛森君?」
「は、はい?」
「くちびる、それ、どうしたの?」
「・・・・・・っ!」
途端に、あたしの体中の体液が逆流したんじゃないかと思う。

どうしよう、藍染隊長、変だと感じたんじゃないだろうか。
こんなの似合わないって言われるんじゃないだろうか。
浮ついた子だと思われるのじゃないだろうか。
占いなんて・・・信じなければよかった。

頭のなかは暗い考えでいっぱいで。
だから、次に藍染隊長に言われた言葉が、信じられなかった。


「かわいいね。よく、似合っている」


「・・・は、・・・は、い・・・」
その時あたしは、多分とても間抜けな顔をしていた。それに気がついていないのか、あのひとの口からは、あたしにとっては奇跡のような言葉が紡ぎ出されて。
「僕は女性の化粧のことなんてよく知らないけどね、その色はよく君に似合っているよ。・・・正直、ちょっと、どっきりする位に」

いつもの、あたしの大好きな微笑みで。
・・・ううん、見間違いでなければ、それ以上の暖かな微笑みで。
それはあたしの、馬鹿な勘違いだったんでしょうか?


「あ・・・ありがとうございます・・・!」
あたしは、下を向いてそれだけ言うのがやっとだった。
思わぬ反応に照れて、どんな顔をしていいか分からなくなってしまって。

気づいてもらえた。
似合っていると言ってもらえた。
かわいいと、言って、もらえた・・・!

ああもう本当に。奇跡はいつまで続いてくれるんだろう。
身体を満たす幸福に、あたしの体温は確かに上がっていたと思う。
「ところで、さっきちらっと見えたんだけど、あれは阿散井くん?」
変わった話題をこれ幸いにと、あたしはようやく顔を上げた。
阿散井くん、吉良くん、あたしの三人は統学院を出た時、揃って五番隊に入った。なので当然、阿散井くんは藍染隊長の元部下だ。早いうちに十一番隊に異動したとはいえ、二人は面識もある。
「ええ、そうなんです。非番で午前中、お墓参りに行った後で、これから練武場で稽古するんだそうですよ」
何の気なしに、あたしは言った。
「へえ、彼もやる気があるねぇ。ちなみにお墓参りって、流魂街に?」
「・・・はい、幼馴染のお墓だそうです・・・」
ちくり、と痛みが心をよぎる。小さなころから苦楽を共にしたという幼馴染。彼がほんの時折、その思い出話をする時に見せていた、悲しげな眼を思い出して。
彼がそのお墓参りに行くと聞いた時、お節介とは思ったけど、あたしは無理矢理いいお花を持って行かせた。綺麗な仏花で・・・阿散井くん自身も、少しは癒されればいいなと思って。
「そうだったのか・・・。彼はあまり語りたがらないけど、苦労しているみたいだから・・・そういう人こそ上に上がって欲しいものだね」
「そうですね・・・朽木さんのことで一時期気落ちしてたから、頑張って欲しいです」
「朽木さん? ・・・朽木隊長の、妹さん? 確か君たちは同期だったっけ」
「はい。特に阿散井くんは流魂街の頃から、朽木さんと幼馴染なんだそうですよ」
「へぇ・・・初耳だ」
「ルキアさんが朽木家に養子に入られてから、あまり逢えなくなったって随分落ち込んで・・・あの、藍染隊長?」

ふと藍染隊長の顔を見上げると、やや眼を細めて、何かを考えているようだった。
部下だった阿散井くんの身の上に、心を痛めているのだろうか?
・・・それとも、何か他に?

「どうかされました?」
「いや、初めて聞いたなと思って。・・・そうか、それは彼は辛かったろうね」
そうして、寂しげに藍染隊長はそう言った。もともと部下思いの人だから、深く同情しているのだろうと、あたしはその時思った。
「ええ。ですからあたしも吉良くんも、応援しているんです。頑張って上に上がって、もっと逢えるようになればいいねって。もっとも阿散井くん本人は、そんなのありがた迷惑かも知れないですけど」
「いや、僕も陰ながら応援するよ。そういう人こそ頑張って欲しいから。・・・さて、そろそろ行こうか、午後の仕事が待っているよ」
白い羽織を翻して、執務室へと向かう藍染隊長の背中を、はい、といつものように短く返事をして追った。

だから、藍染隊長が小さく、
「彼には頑張ってもらわないと・・・ね」
と、呟いた時。
それがどんな表情をして発せられたものか、あたしには窺い知れなかった。



  ●



  あたしの歩調に合わせてくれているのか、少しゆっくりと歩む『五』の羽織の後を、幸せをかみ締めながらついていく。
  途中、ガラス窓を通りすがる度にこっそりと覗き込む。
  鏡の中の紅を差したあたしは、さっきほど悪くないように思える。


  
  でも。


  あたしは、欲張りです。


  かつては。
  このひとの姿を遠くから見かけるだけで心臓が跳ねた。
  念願が叶ってその下で働けるようになった。
  努力が認められて一番近くに居られるようになった。

  そして今、こうしてこのひとの後ろを歩いていられる。


  こんなに幸せなことなんてない筈なのに。

  それでも、なお、


 『 いつか、振り返ってひとりの女として見てもらいたい 』、と。


  そんな、さもしい願いを抱いているあたしは・・・欲張りです。


  ごめんなさい。でも止めることはできない。

  このひとを。こんなにも愛してしまった。

  あたしは・・・欲張りな、女です。










  運命はいつの日か こんなあたしを罰するのかなぁ?



   Fin.


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