「犯人は・・・」



暗い部屋に差し込む夕日を背にした日番谷は、ゆっくりと腕を上げ、ある人物の前でぴたりと指さした。

その小さな指先で示された人物を見て、全員が戦慄を覚える。



「信じたくなかったが・・・あんただ」



逆光で日番谷の表情は誰にも分からない。あるいは、泣いているのかもしれない、と、乱菊は思った。

何せ、この場にいる誰もが『この人であって欲しくない』と思う人物が挙げられたのだから。



「ふ・・・」



指された人物 ―――― いや、犯人が、僅かな沈黙の後に微笑む気配がある。

全員の背中に、冷たい汗が流れた。



『 十番隊事件帳・甘い誘惑 1 』
第一章 〜 あのカレーを食べたのは彼 〜

 



  ○約4時間前・十番隊隊舎執務室(13:28PM)○


ある日の平和な午後のひととき。
十番隊隊長・日番谷冬獅郎は同副隊長・松本乱菊と、執務室にて黙々とデスクワークに励んでいた。

「隊長ぉ〜、この書類の山、いつになったら片付くんですか・・・」
「うるせえ。口動かしてる暇があったら、手ぇ動かせ、手を」

と、そこに襖を開けて顔を出すある人物が。
「こ〜んにちはぁ。日番谷くんと乱菊さん、いますかー?」
小柄な体にお団子頭、二人には馴染みの五番隊副隊長・雛森桃である。

「おう、どうした雛森」
「ちょっとね、おすそ分けに来たの。はい、水ようかん。もらい物で悪いんだけど」
「やったぁ桃、あんたって気が利くー!! さ、隊長、せっかく雛森も来たんだし、ちょっと早いけどみんなでお茶にしましょ?」
「ダ・メ・だ。今日中にこの書類仕上げないと、俺が総隊長に怒られるんだよ。よって休憩はナシ。そういう訳で、悪いが雛森、コレは厨房の氷室にでも入れておいてくれ。残業になったら夜食として食わせてもらうから」
「うん、そういう事なら仕方ないよね。じゃ、あたし置いてくるね」

ぱたぱたと遠ざかる雛森の足音を聞きながら、乱菊は恨めしそうに日番谷を見る。
「うぅ〜、隊長のいけず・・・」
「グダグダ言うなよ、いいトシした大人が」
「トシのことは言わないでくださいよ!」
「へいへい。いいからちゃっちゃと仕事しろよ、仕事。今日中に終わらなかったら、明日の非番、潰すことになるんだからな。お互いそんなの嫌だろうが」
「は〜い・・・(泣)」
あまりにもてきぱきと仕事を進めようとする上司にせっつかれ、しぶしぶ乱菊も筆を取って書類を片付けようとしたその時・・・



            き ゃ あ あ あ あ あ あ あ あ っ ! ?



「「・・・ッ!?」」

隊舎の奥から衣を切り裂くような女の悲鳴が聞こえた。
「桃・・・!?」
「行くぞ、松本!!」
二人の反応は早かった。悲鳴の主がどうやら雛森であるらしいと認識するが早いか、疾風のように執務室を飛び出していった・・・。



  ○十番隊隊舎厨房(13:32PM)○




「雛森!!」
「無事!?」
声のした方向を正確に突き止め、厨房に飛び込んできた二人がまず確認したのは、雛森の姿だった。
ぶるぶると震え、涙目ではあるが、どうやら傷を負っている様子はない。まずそれを認めると、日番谷と乱菊は少し安心して息をついた。
「ひ、日番谷くん、乱菊さぁん・・・」
雛森は、震えながら厨房の奥を指さした・・・そこには・・・

「あ、阿散井くんが、阿散井くんがぁ・・・っ!!」

「「!!」」

雛森の同期にして六番隊副隊長・阿散井恋次が床に倒れていた。
単に眠っているにしては不自然なうつぶせの格好と、口から吹き出た泡が事の重大さを表していた・・・。

「阿散井・・・いい奴だったのに・・・」(合掌)
「恋次・・・せめてあたしに金返してから逝ってほしかったわ・・・」(合掌)
「二人とも、勝 手 に 殺 さ な い で あ げ て く だ さ い !(泣)そりゃ、あたしも驚いて大声上げたけど、ほら、まだ息してるでしょ!? 脈だってあるし・・・」
「ホントだ・・・でもどうして、こんな所に恋次が・・・」
「疑問は後だ、とにかく四番隊に運ぶぞ!」
「うん!」
「はい!」
「よし急ぐぞ・・・って、あ、ちょっと待てよ」
小さいながらに恋次を軽々と担ぎ上げた日番谷は、乱菊にをちらっと見ると言った。
「松本はここに残ってくれ」
「どうしてですか?」
「現場の保全を頼む。この厨房を封鎖して、猫の子一匹入れるなよ」
「・・・はい!」
「じゃ、行って来る。すぐ戻るからな」
「行ってきます、乱菊さん!」

風のように駆けていく小さな背中二つを見守りながら、乱菊はひとつ、息をついた。
「実力があるだけの子供だと思ってたら・・・あれで随分と、男、なのよねぇ・・・」
そう一人つぶやくと、
「・・・それにしても、面白いことになりそうね・・・。うまくすれば、仕事サボれるかも・・・」
と、ニヤリと笑った。




  ○四番隊綜合救護室(13:52PM)○



日番谷と雛森が恋次を連れて四番隊舎で見たものは、とてつもない人ごみだった。
先ほど、現世で虚退治に出ていた十一番隊が戻ったばかりらしい。怪我人の手当てでごったがえしている。
重症の人間はいないらしいが、血やら薬品やらで四番隊隊長・卯ノ花烈の隊長羽織も少し汚れていた。

「これは・・・拒否反応ですね」
忙しい中で無理を言ったにもかかわらず、卯ノ花は快く恋次を診察してくれ、寝台の前でそう断言した。
「拒否反応・・・」
「どうして、そんな・・・阿散井くん・・・」
「この泡の吹きよう・・・手足の異様な冷え・・・体が受け付けない何かを口にしたのが原因と思われます。そのショックではないかと・・・」
「ショック・・・か・・・」
「それで、阿散井くんは大丈夫なんですか?」
「ええ、心配するほどのことではないと思います。死に至るような物質を飲んだのなら、もうとっくに至っている筈ですし。もし遅効性だとしても、気を失いながらもっと苦しむ筈ですよ」
同期の友人を心配する雛森に、卯ノ花は優しく微笑んだ。
「・・・卯ノ花隊長、質問があるんだが」
日番谷は顎に手をやり考え込んだ様子で、卯ノ花に尋ねた。
「はい、何でしょう?」
「阿散井がソレを体内に入れて倒れた時間は?」
「そうですね・・・倒れたときにできた肩口の内出血の状態を参考にすると、今日の午後、としか・・・」
「いや、大体時間が分かっただけで充分です、ありがとう」
「・・・日番谷くん・・・?」
「行くぞ雛森、十番隊隊舎に帰る。あ、すんません卯ノ花隊長、阿散井が意識を取り戻したら俺に連絡下さい」
「はい、承知しました」
忙しく帰っていった二人を、卯ノ花は軽く手を振って見送った。

そして振り返ると、手当てでごった返す自分の持ち場を見て、ふう、とため息をついた・・・。




  ○十番隊隊舎厨房(14:08PM)○




二人が十番隊舎の現場に戻ると、日番谷の言いつけどおり乱菊がその場で待っていた。
「戻ったぞ」
「おかえりなさい、隊長」
「阿散井くん、命に別状はないそうです」
「良かった・・・あたしの5千貫・・・(ホッ)」(←給料日前に貸してた)
「安心すべきはその点じゃねえだろ、松本(汗)。それより、何もおかしなことはなかったな?」
「ええ。隊長の言った通りに誰も立ち入れませんでしたよ。それで、気がついたことがあるんですけど・・・」
「何だ」
「さっきはバタバタしてたんで気がつかなかったんですけど、ホラ、何か匂いません?」

くんくんくん、と三人が辺りの空気を嗅いでみると、鼻を刺激する美味しそうな香りが・・・。

「言われてみれば・・・スパイスの香りが・・・?」
「カレーの匂いじゃない? でも乱菊さん、厨房なんだからカレーの匂いがしてもおかしくないんじゃないですか?」
「そうなんだけど、今日の十番隊の昼食はサバ味噌煮だったのよ。隊長は魚嫌いとか言って残したけど。・・・そうやって好き嫌いするから背ぇ伸びないのよね・・・(フゥ)」
「 余 計 な こ と は 言 わ ん で い い(怒)。しかし妙だな・・・匂いはしても、カレーの鍋なんてねえぞ? 雛森、お前が最初にここに来た時、それらしき鍋か器はあったか?」
「ううん、何もなかった・・・と・・・思う」
雛森が自信なさげに答えると、すかさず日番谷はそれを見逃さずに訊ねた。
「『思う』ってのは?」
「あたしも厨房に入った時にまず阿散井くんに注意がいって、他にどんなものが置いてあったかなんて考えなかったんだもん。だから、本当にカレーが無かったかどうかは、ちょっと自信無い・・・」
「そうか。分かった。・・・カレーが本当にあったかどうかの証拠をつかまないと、阿散井との関連も推測のしようがないな・・・。しゃあねえ、この件は後だ。松本、他に何か手がかりはあったか?」
「はい。あともう一つ、恋次が倒れてた床に文字が残されてるんですよ」

乱菊が指差した先には、何やら文字らしきものが書き付けてあった。
「・・・! ダイイングメッセージか・・・!」
ひとり納得した様子の日番谷に、雛森はちんぷんかんぷんといった表情だ。
「だいいんぐめっせーじ? 何ソレ?」
「ガイシャ(被害者)が死に際(←※恋次は死んでません)に犯人の手がかりを遺して逝くことだ・・・(←※だから逝ってないってば)」
「乾いてうっすらとしか残ってないですけど、どうやらカレーのルーで書かれているみたいです」
ぐにゃりと書かれたダイイングメッセージを、三人は頭を突きつけて何とか読み取った。


  『 も り 』


「・・・『もり』? 何だこりゃ。犯人のヒントにしちゃ・・・分かりづらいな」
「何でしょうね・・・? あ、そうだ隊長、ひらがなじゃなくて、漢字で考えたらいいんじゃないですか? そのままヒントを書いたら、犯人に消されちゃうって恋次が思ったのかもしれないし」
「ああそうか・・・となると・・・」


  『  』


「『森』って名字の奴は、俺の知る限り護廷十三隊内にはいないよなぁ・・・」
「『森』がつく名前ならいっぱいあるんですけどね・・・そうなると、桃、アンタも容疑者候補になっちゃうわね」
「ええっ!? あ、あたし違いますよ! 阿散井くんを気絶させるなんて事、しないもの! 学生時代ならともかく!」
「(・・・学生時代は気絶させた事があるんかい・・・)わ、わかってるわかってるから落ち着け雛森」
「(・・・バイオレンス美少女伝説って、本当だったのね・・・)そ、そうそう、まだ可能性のひとつに過ぎないんだから。そうだ、違う漢字に変換してみましょうか」
「違う漢字・・・ってぇと・・・」


  『 盛 り 』 ・・・ ?


「(じ〜っ)・・・・・・・・・」
「な、何? 日番谷くん、あたしの体に何かついてる?」
「いや・・・何も つ い て な い か ら、お前は犯人じゃないってことが証明されたな、と思って・・・」
「 日 番 谷 く ん ケ ン カ 売 っ て る ?(怒)」(←盛り控えめの人)


  ス パ ー ー ー ー ー ー ン !

 【×日番谷  ○雛森(0.04秒)(平手打ち)】


「(ヒリヒリ)お、俺が悪かった、雛森・・・」
「・・・・・・・・・もう知らない!(プイッ)」
「まあまあ、押さえて押さえて。『もり』が『盛り』の意味とは限らないんだから。(・・・それに『盛り』だったら、あたしが一番容疑者として疑われちゃうしね・・・)」(←特盛りの人)
「それじゃあ、ええと・・・カタカナだとどうなるんだ?」


  『 モ リ 』(←筋肉?)


「モリモリマッチョ・・・?」
「モリモリマッチョ」
「モリモリマッチョか・・・」
「じゃ、マッチョを容疑者として洗って・・・」
「でも、マッチョな隊員って何人もいるから・・・」
「いや、マッチョはマッチョでも、そもそもマッチョな阿散井がマッチョって言うぐらいなら相当なモリモリマッチョ・・・」

「・・・君らは何を昼間っから、声を揃えてマッチョマッチョ言っているんだい?(汗)」

「ふわあぁっ!?」
「ぅおおぅ!?」
「誰だいきなり背後から・・・って、藍染!?」

三人が驚いて振り返ると、そこには五番隊隊長・藍染惣右介が腕を組んで不思議そうな顔で立っていた。(←不思議というか不安げというか)
「や、雛森くん、松本くん、日番谷くん。雛森君が遅いから見に来てみたんだけど・・・三人揃って真面目な顔して(マッチョ連呼して)るから何かと思ったら・・・その床に書かれた黄色い文字は何だい?」

「実はかくかくしかじか・・・ということで、阿散井を気絶させた犯人を探しているんだ。藍染、何か心当たりはないか? おかしな挙動の人物を見たとか」
「う〜ん・・・?(・・・さっきの君ら三人の方がよっぽど挙動不審だったけどね・・・)」
しばし考えた後、藍染は申し訳なさそうに答えた。
「・・・僕もずっと執務室で仕事してたからねぇ。お役に立ちたいのは山々なんだけど、何もヒントになりそうな情報はないなぁ・・・」
「そうか・・・。分かった。悪かったな、雛森借りた上に時間までとらせて」
「かまわないよ。僕に協力できることがあったら遠慮なく言ってくれ。とりあえず今は、うちも仕事がたまるといけないから雛森君を返してもらうね。さ、行こうか」
「はい、藍染隊長! 日番谷くん、乱菊さん、犯人探し頑張ってね!」

こうして五番隊ツートップは自分の隊舎に帰って行った。
見送った日番谷と乱菊は、近くを通りすがった部下を数名呼ぶと、現場をきちんと保存し、更に調味料等にいつもと違う点がないかどうかの確認をするよう命じた。
「これでよし・・・と。さて、行くぞ松本、六番隊に行って朽木隊長に話を聞く。阿散井がうちの厨房にいた理由ぐらいは分かるかも知れん」
「あたしはもうこの現場にいなくてもいいんですか?」
「ああ。これだけランダムに選んだ複数の部下に詰めさせれば、例え誰かが隠蔽工作しようったってそうはいかんだろ。調査に行くから俺について来い」
「・・・はい!」
乱菊はにっこりと満足げに微笑んで、早足で歩く日番谷の小さな背中に付き従った。





 次へ


     HOME
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送